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		<title>essay - chu kosaka web site</title>
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		<title>「麦は踏まれて強くなる」</title>
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		<description><![CDATA[<b style="font-size:1.5em">先</b>日テレビで現代の子どもの朝ご飯事情が紹介されていた。ご飯を作る母親の基準は「子どもが好きな物」。だから朝からケーキやデザートを食べる子供がいる。子どもが好きなものなら、ちゃんと朝も食事を摂ってくれる、という母親の気持ちが判らないでもないが、子ども時代に偏食させていたら大人になって大変なことになるんじゃないかと心配した。僕なんか子どもの頃に父親から嫌いな物を徹底的に食べさせられた。僕はセロリが食べられなかった。すると食べられるようになるまで食べさせられた。吐きそうになっても容赦しない。あの父親の鬼のような怖い顔を思い出すと今でも恐ろしい。でもあの鬼のような顔の裏には「何でも食べられるようになってほしい」と言う優しさが隠れていたのだ。おかげで今では食べられないものは一つもない。ドリアンだって食べるし、蜂の子だって食べられる。あの嫌いだったセロリもちゃんと食べられるようになった。<br /><br /><b style="font-size:1.5em">先</b>日、我が家から教会へ行く途中の小さな麦畑で久しぶりに麦踏みの光景を見た。僕が小学生の頃を過ごした埼玉県志木の時代、家の回りには麦畑が広がっていた。冬の寒い季節によく麦踏みを手伝った覚えがある。まだ１０センチ位の麦の芽を蟹の横歩きのように横に向かって足の幅で踏んでいく。子どもの頃には何のために麦踏みをするのかわかっていなかった。何でせっかく伸びた芽を踏んでしまうのか疑問だった。しかし、麦踏みは、麦の種をまいて葉が出てきた頃に行う日本独特の農作業で、この作業を行うことによって、霜柱ができたときでも土が持ち上がらず、麦の根を傷めず、 踏むことにより茎がたくさん分かれ、根も強くなり麦の生育を助けるというちゃんとした理由があるのだ。<br /><img src="images/麦.jpg" width="450" height="338" border="0" alt="" /><br /><b style="font-size:1.5em">踏</b>まれて強くなる麦。今の子育てに必要な教訓だ。麦踏みをしないと麦はひょろひょろと丈ばかりが伸びて実を結ぶと折れてしまうと言う。麦踏みをする日本の麦は、背は低いけど茎が太くて丈夫に育つ。今の人ならきっと「かわいそう」と言って麦踏みなんかしないだろう。「先生にしかられた」と言って泣いて帰ってきた子の親が「かわいそう」と教師にくってかかる。愛の鞭なんて通用しない時代なのだから。しかし、本当にかわいそうなのはそんな子どもが大人になってからだと思う。風に弱く、自分の実りの重さに耐えられない麦。格好は良いかも知れないが太く強い麦を育てたいものだ。<br /><b>「むちを控える者はその子を憎む者である。子を愛する者はつとめてこれを懲らしめる。」(箴言13:24)</b>]]></description>
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		<title>「強くあれ、雄々しくあれ」</title>
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		<description><![CDATA[<b style="font-size:1.5em">年</b>が変わっても相変わらず暗いニュースが駆け回っている。株価が暴落し、円高が加速し、かつてないガソリンの高値、鉱物資源の値上がり、食品原材料の高騰、日本の経済は闇に向かって一直線という感じだ。政治も混沌としている。衆参のねじれ現象で進まない国会運営、消えた年金問題、広がる格差社会、汚職…と、こんな暗いニュースばかりに接していると、こちらの気持ちまでもが暗くなってしまう。こんな時代に私たちはどこに希望の光を見いだせるのだろうか。それは聖書しかない。聖書は言っている。<br /><b>「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」（詩篇119：105）</b>と。<br /><b style="font-size:1.5em">昨</b>年末に部屋をかたづけていたらイスラエルで買った置物が出てきた。たぶん私が初めて聖地に旅行した時に買った物だ。二人が一房の葡萄を担いでいる。これを見たとき、これが乳と蜜との流れる地、約束の地にある神の祝福なのだと感動して購入したのだった。指導者、モーセは神に導かれて、神が民を導き入れようとしているカナンの地を探るために12人を遣わした。彼らは行って乳と蜜との流れる地を探ってきた。その時にエシュコルの谷で一房の葡萄を切り取り、二人がかりでそれを担いで帰ってきた（民数記13章）という記事を表している。<br /><img src="images/080228.jpg" width="360" height="240" border="0" alt="" /><br /><b style="font-size:1.5em">荒</b>野を40年もさまよったイスラエルの民にとって、その一房の葡萄はどんな意味を持っていたのだろうか。荒野においても神の祝福はあった。神は食べるマナを与え、肉を与えられた。確かに神の祝福は足りないことはなかった。しかし、そこに安住してしまうことは神の目的ではない。神が導き入れようとしている約束の地はもっと祝福に満ちているのだ。一房の葡萄は民を導くために、神が見せようとされたビジョンだと私は思う。そのビジョンから目を離さなかったのがモーセの後にカナンの地へと民を導いた指導者ヨシュアだった。神はヨシュアに言われた。<br /><b>「強くあれ。雄々しくあれ」（ヨシュア記1章）</b><br />私たちは暗いニュースに恐れおののいてはならない。現状に怯えてはならない。ビジョンを見失う事なく、いつも変わらない神の御言葉の光に導かれて勇気を持って前進しよう。<br />]]></description>
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